「ヴェネツィアの一夜」をというヨハン・シュトラウス2世の誘いは、おそらくオペレッタがなしうる最も魅力的な招待。「ワルツ王」としてすでに名声を得ていたヨハン・シュトラウス2世は、この音楽劇でもまた同様の名声をほしいままにしました。
1883年10月3日、ベルリンのフリードリッヒ・ウィルヘルム劇場(後に名前をウォルターズドルフ劇場とかえましたが、現存しません)で「ヴェネツィアの一夜」が初演された時、ヨハン・シュトラウス2世はすでに聴衆の心をつかむコツを心得ていました。
身元をとりちがえるという、オペレッタお得意のテーマが、ヴェネツィアのカーニバルと仮面舞踏会を背景に繰り返されます。この作品中では、ウルビーノ侯爵とその従者たちが街にやって来ます。侯爵は無類の女好き。今回の標的は、ヴェネツィアの元老院議員バルトロメオ・デラックアの妻バルバラです。
デラックアは、侯爵の毒牙から守るため、妻バルバラをゴンドラに乗せて、遠くへ行かせます。ところが、バルバラは夫の甥で愛人のエンリーコに会うため、ゴンドラから逃げ出します。侯爵の腹心の理髪師カラメッロはゴンドラの船頭を追放、自分がゴンドラに乗って主人のもとにバルバラを連れて行こうとします。本当はゴンドラに乗っていたのは、カラメッロの恋人アンニーナだったのですが、彼はそんなことは全く知りません。バルトロメオ・デラックアが自分の妻バルバラの身代わりを連れて舞踏会に到着し、実はその女性は料理人のチボレッタであることが判明します。皆の前で身元がわかっていき、謎が解け、笑いのうちに幕が閉じます。
シュトラウスは、彼を評価していた聴衆に、楽しい笑いだけを届けたいと思っていました。シュトラウスの作品の大部分の台本や詩を書いたフリードリヒ・ゼル、リヒャルト・ジュネーには、これはおもしろくありませんでした。「ヴェネツィアの一夜」では、通常の世界で社会的に下層階級に生きる人々が、仮面をつけることで身分を高く見せることになります。召使いたちが彼らの主人と同じ階層の人のようなふりをして舞踏会に行くのを、19世紀の聴衆はおそらく今日の聴衆と同じように楽しんだことでしょう。
この素晴らしいオペレッタが、ウィーン・フォルクスオーパーで公演されます。
